さやま保育園

月のことば一覧


【 平成30年4月3日 】
仏さまといっしょの入園式
 桜舞う今日、さやま保育園にご入園いただきました125人のお友だち、入園おめでとうございます。みなさんのご入園を、職員一同心よりお待ちしていました。
そして何よりも、みなさんの入園をまだかまだかと、待っていて下さった方が、南無阿弥陀仏という仏様です。この仏様は、いつでもどこでも私たちを見守っていてくださいます。嬉しいとき一緒に喜んでくださり、悲しいとき一緒に悲しんでくださる仏様です。
さやま保育園は、親鸞聖人のお心を慕い、まことの保育を実践する、仏教保育園です。入園式では、在園児さん達が、大きな声で「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ」と称えていました。なんまんたぶとは南無阿弥陀仏の仏様のお名前のことです。
私たちの日々の生活の中で「ナモアミダブツ」をたとえるとするならば親と子の関係に似ていると思います。親は子どもが健やかに育って欲しいと願います。母親は赤ん坊に「おかあさんだよ」と言い、「あなたのそばにいますよ。あなたを見守っていますよ。」と無償の愛情を注ぎます。子どもは親の深い愛情を一身に受けて、その願いの中で安心して成長していきます。子どもを呼ぶ親の声に子どもは「お母さん」とそのままに答えます。
「ナモアミダブツ」とは阿弥陀様のお名前であり、いつも「そばにいるよ。寄り添っているよ。あなたを見守っているよ。」という阿弥陀さまの私を喚ぶ声であり、そのご恩に感謝の「ありがとうございます」となって、私の口に出てくる「ナモアミダブツ」ということです。決して、お参りをするときの呪文や単なるご挨拶ではありません。
この度は不思議なご縁で、さやま保育園にご入園いただき、こんなにたくさんのお友達に出会うことができました。さやま保育園は仏様に見守られながら、思いっきり遊ぶところです。おもちゃや遊具、園庭や地域の自然の中で、先生やお友達とたくさん元気に遊び込む事で、心身ともに成長してまいります。私たち職員一同、未熟ではございますが、子ども達と楽しく遊べる環境作りに精進していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。合掌
 
【 12月1日 】
仏様のお話を聞く〜成道会・御正忌報恩講〜12月1月
『仏様のお話を聞く〜成(じよう)道(どう)会(え)・御(ご)正(しよう)忌(き)報(ほう)恩(おん)講(こう)〜』  
 
 さやま保育園では、十二月にお釈(しや)迦(か)様(さま)がおさとりを開かれたことをお祝いし、地域の方に感謝する行事として、『成道会』を行います。保護者会のバザーがピッパラセールというのは、お釈迦様がピッパラ樹の下でさとりをひらかれたことから来ています。一月には親(しん)鸞(らん)様(さま)を偲(しの)び感謝する行事『報恩講』があり、5歳児4歳児がお寺まで歩いて本堂にお参りし、仏様のお話を聞かせていただき、お斎(とき)(精進料理)をいただきます。 
 お釈迦様はインドで真実を言葉として説かれた方であり、親鸞様は、その教えを私たちにわかりやすく伝えて下さった方であります。いずれも、仏様のお話を聞く事の大切さを伝えて下さっています。
 毎月紹介している金子みすゞさんの詩にもこんな詩があります。報恩講は浄土真宗のお寺では一番大切な行事で、特に一月十五日の夜は大逮夜(お番)と言って、親鸞様の御(ご)往(おう)生(じよう)の前夜にあたり、一家みんなでお寺に参拝し、夜遅くまで親鸞聖人のお話を聞き、ご苦労を偲ぶのです。

 報(ほう)恩(おん)講(こう)
   「お番(ばん)」の晩は雪のころ、
   雪はなくても暗(やみ)のころ。

くらい夜みちをお寺へつけば、
とても大きな蝋(ろう)燭(そく)と、
とても大きなお火(ひ)鉢(ばち)で、
明るい、明るい、あたたかい。

大人はしっとりお話で、
子供は騒いじゃ叱られる。
だけど、明るくにぎやかで、
友だちゃみんなよっていて、
なにかしないじゃいられない。

更けてお家へかえっても、
なにかうれしい、ねられない。

「お番」の晩は夜中でも、
からころ足(あし)駄(だ)の音がする。
 
【 10月1日 】
『見えていなかった本当のこと』
『見えていなかった本当のこと』十月十一月  
 
 不(ふ)思(し)議(ぎ)
   私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀(ぎん)にひかっていることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑(くわ)の葉たべている、
蚕(かいこ)が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
たれもいじらぬ夕(ゆう)顔(がお)が、
ひとりでぱらりと開くのが。

   私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑ってて、
あたりまえだ、ということが。
   
 秋も深まり、毎年この季節になると、園庭の秋遊びは、どんぐりやマツボックリ、木の枝や木のチップ、枯葉や、野山のすべてのものがおもちゃになります。のこぎりや金づちを使って、少し怖い体験もしながら、手先と頭を使い、想像力を働かせて、いろんなものを作り出してます。ホットボンドの使い方も上手になって、動物や車、お友達や先生を作って、「みて、見て」と、次々に見せに来てくれます。日にちが経つと、家族で遊びに行ったことや、想像した世界などどんどんお話が膨らんできます。
 そんなある時、小さなドングリを三個両手で隠して、「コレな〜んでしょ?」と聞いてきます。周りのお友達は次々に作り出す中、何も作れなかったかな?答えに困っていると、耳のそばにどんぐりを隠した手を持ってきて、振りながら、「おとだよ、きれいでしょ?」私は、自分の目に見える形ばかりを見ていましたが、手の中から聞こえるおとには気付くことができませんでした。
 私たちは、ものの本当の姿をちゃんと見ないで、自分勝手な思いでものを見ていることが多いです。本当のことを先入観を捨てて見る眼を、仏様の目、「智慧の眼」と言います。みすゞさんのこの詩には、仏様の「智慧の眼」が感じられます。             合掌
 
【 平成29年9月 】
みんなちがって みんないい 9月
『みんなちがって みんないい』  
 
 私と小鳥と鈴と

   私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
   あの鳴る鈴は私のように、
たくさんの唄(うた)は知らないよ。
   
   鈴と、小鳥と、それから私、
   みんなちがって、みんないい。

 九月は運動会の月です。きららドームで走る我が子の姿も楽しみですが、反面「お友達と一緒に出来るだろうか?」と心配したり、他の子と比べて自信をなくしたり、羨ましく感じたりすることもしばしばです。こんな時、この金子みすゞさんの詩を想い出してください。鈴も小鳥も私も、違っているから素晴らしいのだ。それぞれ違うからこそ美しい。人には個性があるから、すばらしい。
 だから、できなくてもいい、努力しなくてもいいのではありません。この詩からは、鈴も小鳥も私も、自分の出来ることを精一杯がんばっている姿が伺われます。子どもたちはそれぞれの目標に向かって、「お友達と一緒に」「速く」「美しく」「お家の人に見てほしい」という思いで、一人一人が精一杯がんばる姿が素晴らしいのです。もっと言えば、違った者同士が、お互いに「すばらしいね」と褒め合えることが、さやま保育園の目指す運動会であると思います。
 保育者も指導に夢中になり、みんながきれいにそろうことばかりに目が行き、一人ひとりの子どもに寄り添う心を忘れてしまいがちになります。子どもも、保護者も、保育者も、今月は「みんなちがって、みんないい」を心に置いて、お互いに褒め称えられる毎日にしたいことです。保育園の運動会はもう始まっています。本番だけでなく、練習の積み重ねが運動会の行事です。   
 
【 平成29年8月 】
陰に隠れているもの 8月
『陰に隠れているもの』  
 
 陰に隠れていて目立つことなく気がつかないけれど、大事な役目を果たしているものがあります。金子みすゞさんは、自然や、花や鳥に眼を注いで、そんな中に”やさしい”心を見つけ、詩にして下さいました。

おさかな

   海の魚はかわいそう。
   
   お米は人につくられる、
牛は牧場で飼われてる、
鯉もお池で麩を貰う。
   
   けれども海のおさかなは、
   なんにも世話にならないし、
   いたずら一つしないのに、
こうして私に食べられる。
   
ほんとに魚はかわいそう。

 先月の続きになりますが、私たちは生きとし生けるものすべてが同じいのちを持ち、お互い尊ばなければいけないとわかっているのに、害虫は殺し、雑草も除草し、私たち人間は自己中心の心で生きています。その上たくさんの動植物のいのちをいただいて、森羅万象のすべてが、みんな関係し合って、私を生かしてくれています。仏教ではすべてのものが関係し合い、支え合って成り立っていることを「縁起」といいます。お釈迦様は、このことを「これあるゆえにかれあり、これなきゆえにかれなし」と表現されました。すべてのものが、他の多くのものの「おかげ」によって生かされているのです。
 私たち日本人は、「お元気ですか」とあいさつすると、「お陰さまで」と答えます。あえて誰のお陰とは言いませんが、多くの人々に支えられて今の私がある、生きとし生けるもののお陰で、私の健康があることを感謝の気持ちを込めて、「お陰さま」と答えています。生かされていることへの、感謝の言葉です。忘れてはいけない言葉ですね。たくさんのいのちに生かされている私のいのちであるのですから。       合掌
 
【 平成29年7月 】
相手の身になって 7月
『相手の身になって』  
 
 今月も金子みすゞさんの自然や、花や鳥に眼を注いだ”やさしい”心の詩を紹介します。
  雀のかあさん

   子供が
   子雀
   つかまえた。

   その子の
   かあさん
   笑ってた。
   
   雀の
   かあさん
   それみてた。

   お屋根で
   鳴かずに
   それ見てた。

 人間のかあさんの立場から見たことと、雀のかあさんの立場から見た見たことを並べただけの詩ですが、私たちが日頃忘れている眼を教えられました。相手にも同じ命があり、それを守っている命もあるということです。生きとし生きるもの全てに同じ重さのいのちがあり、同じ大切ないのちを生きています。私の都合、私の気持ちだけでは、相手の悲しみも喜びもわかりません。みすゞさんのように相手の立場に心の軸足を移してあらゆるいのちを慈しみたいことです。
 子どもたちは、みすゞさんのような眼で草花や、虫や鳥と接してくれることがよくあります。カブトムシの赤ちゃんや、キャベツについている青虫も、プランターにかくれているダンゴムシも、・・・・・。みんな同じいのちを持った友達です。
 しかし私は、蚊に刺されるからと殺虫剤をまき、雑草は嫌い、いのちををいただかなければ生きていけない私たち人間です。申し訳ない、お恥ずかしい、私であります。(来月に続く)   
 
【 平成29年6月 】
見えぬけれども、あるんだよ  6月
『見えぬけれども、あるんだよ』 
 
 今年は夏が早いのか?汗ばむ日が続いています。子どもたちはみんな額に汗をかいて、お友だちとの遊びに夢中です。4月から初めて来たお友だちも先生から少しずつ離れて、楽しい遊びを見つけ始めています。
 先日、先生に抱っこされて離れられなかったお友だちを見て、3歳児の女の子が自分が先生の代わりになってお友達を抱っこしてあやしてくれていました。けれども同じ大きさのお友だちを抱っこするので・・・・・、でも先生はやさしさが伝わってきたので、「ありがとう、代わろうね」「先生腰痛かったやろう?きっと、お母さんから離れて甘えたかったんよ」女の子は、先生の気持ちも、お友だちの気持ちも見えないけれど、心の中で感じてくれていました。
 そんな先生やお友だちのやさしさを、新しいお友だちも、見えないけれど、少しずつ感じ始めてくれています。そして、夕方にはお家の方が迎えに来てくださり、家族で美味しい夕ご飯、
 金子みすゞさんのこんな詩があります。 

  星とたんぽぽ

   青いお空の底ふかく
   海の小石のそのように、
   夜が来るまで沈んでる、
   昼のお星は眼に見えぬ。
     見えぬけれどもあるんだよ、

   散ってすがれたたんぽぽの、
   瓦のすきに、だァまって、
   春の来るまでかくれてる、
つよいその根は眼にみえぬ。
   見えぬけれどもあるんだよ、
   見えぬものでもあるんだよ。
 
 親の愛情も眼には見えませんが、その愛情によって私たちは育てられているのです。先生から教えられたことも、隣のおばさんの親切な心も、みんな眼には見えません。しかし、そんな眼には見えないものに見守られて、お陰様の中で、私たちは生かされているのです。
 
【 平成29年5月 】
生まれてきてくれて、お誕生日ありがとう
『生まれてきてくれて、お誕生日ありがとう』 
 
 木々の緑が鮮やかに光る五月には、子どもの日や母の日、そしてしんらんさまの誕生日があります。保育園では毎月しんらんさまの誕生日、二十一日前後に誕生会を行っています。お友だちの誕生日をお祝いしたり、生まれてきたことに感謝する日としています。
 今年二月の発表会で、年長がお家の方に「ありがとう」を伝えるコーナーがありました。スポットが当たるステージに一人で立ち、沢山の観客の前で話すことは、子どもたちにとっては人生最大の緊張の場面であったことでしょうが、心に秘めた「ありがとう」を堂々と話す姿は頼もしく、目頭が熱くなることでした。その中の一人が、「お父さんお母さん私を生んでくれてありがとう。」そして続けて、「妹も生んでくれてありがとう、お姉さんになることができました。」お父さんお母さんも不思議な縁で出遇い、子どもを授かって、お父さんお母さん、パパママと呼ばれるようになり、親にしてもらいました。私たち保育者も、ご縁があって子どもたちと出遇うことができ、先生と呼ばれる身にさせていただいています。有難いことです。お友だちも周りにいる人も、みんな「生まれてきてくれてありがとう」「出遇えてありがとう」ですね。私たちは、お肉や魚や、野菜やお米、沢山の大切ないのちを頂いて、そしてお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃん、沢山の人に助けられてこんなに大きく毎日元気に過ごしています。私の食べ物となって、いのちを支えてくれるいのち、私をねぎらい励ましてくれるいのち。こうして考えると、子どもの日も、母の日父の日も、縁あって、「生まれてきてくれてありがとう」「いのちをいただいてありがとう」の日でありました。
 しんらんさまの誕生日、降(ごう)誕(たん)会(え)も「しんらんさま、私たちに仏様のお話を伝えてくださってありがとうございます。いつも私たちを見守り、寄り添っていて下さってありがとうございます」の気持ちで、お参りしたいことです。今年もき・りんご・いちご組は小遠足を兼ねてお寺にお参りします。先日きぐみが案内状を出してくれたので、賀宝の里のみなさんもいっしょにお参りして下さると思います。交流会も楽しみです。また今年は、仏教婦人会のみなさんも、「お誕生日おめでとう」の影絵紙芝居をして下さるそうです。お家の方も是非お参り下さい。
 入園式の後、まことの保育〜であいのよろこび〜の冊子をお配り致しました。まことの保育をご理解ご協力いただけたらと思います。
 
【 平成29年4月 】
入園進級おめでとう であいのよろこび 4月
『入園進級おめでとうございます!であいのよろこび』
 
 チューリップやパンジーが、保育園の玄関でみなさんの入園進級をお祝いしています。園庭の汽車や滑り台、お部屋の絵本や木のおもちゃも、みんなが保育園に来てくれるのを待っていました。
 いよいよ新しい保育園の生活が始まります。先生とのであい、お友だちとのであい、そしてみ仏さまとのであいの春です。
 さやま保育園には、「であいの里」という名前もついています。七十年前の昭和二十五年、教證寺の前々住職が佐山地域の方に懇願されて、最初は佐山東の公会堂で保育園を始めたそうです。その後小路の方から土地を寄進いただき、この地に古い資材で作られた佐山保育園ができました。そして平成十三年に、デンマーク製の新しい園舎ができました。その時、子どもたちが生まれて最初に集団生活を始めるところ、社会にであうところという意味と、出(しゆつ)相山(そうざん)教證寺の山号『出(で)相(あい)い』をいただき、であいの里と名付けて頂きました。
 
  いろんな人に出遇い
  いろんな事に出遇い
わたしが わたしに
なっていく
あなたが あなたに
なっていく
 
 私たちは、人生の中で、いろんな人に出遇い、いろんな事に出遇います。そして、その出遇いが、今の私を創ってくれているのです。出遇いそのものが人生だといってもいいでしょう。
 嬉しい出遇いや楽しい出遇いばかりではありません。悲しい出遇いやいやな出遇いもあるでしょう。しかし、仏さまは、その全ての出遇いに尊い意味があり、私が私になっていくための大切な出遇いがあると教えてくださいます。どんな出遇いも、私の大切な人生そのものだといただける世界を、生きたいものです。
 
 新しい生活が始まり不安なことも多いと思いますが、さやま保育園職員一同、みなさんの入園進級を心待ちにしていました。何でもおたずねください。保育園は、お父さんお母さんといっしょにお子さんを育てるところです。
 
【 平成29年3月 】
たくさんのあそびの中で 3月
たくさんのあそびの中で!
一年経つのは、早いもので進級、卒園となりました。この一年間、行事は勿論ですが、日々の保育を大切にと子ども達との時間を毎日大切に過ごしてきました。子ども達は遊びの中でたくさんのことを学び、育ちます。例えば、ルールのある遊びの中で、勝ったり負けたりすることで優越感を感じたり、負けて悔しい思いをし、その気持ちをどのように自分なりに処理していこうかと、悩み苦しみますが、その体験があるからこそ相手の気持ちが理解(相手の立場に立つ)でき、次回からは、どのように接していけばよいかと、人とのコミュニケーション力も身につきます。また、ルールを理解しなければ、当然遊びも発展せず、お友だちとの関りも限られてきます。ここで発達とあそびをみてみると、
 ひよこ組は基本的信頼関係が育つ時期です。大人に守られながら、泣いて不快や思いを伝え、そばにいる大人にお世話してもらって、心地よさや安心感を感じ、守られている気持ちを持ちます。そんな中で、保育士と手づくりおもちゃや、音の出るおもちゃや、入れたり出したりするあそびを中心に、何度も繰り返し遊ぶことで信頼関係が生まれ、落ち着いて遊んでいます。
 あひる組は、見るもの出会うもの全て初めてです。園庭で小さな虫や石ころを見つけて感動し、相手に伝え喜んでもらって、またもっとみつけてみようという気持が湧く時期です。お部屋へ新しいおもちゃがあると、すぐに遊びたくなり、友達が持っているものも欲しくなり、横取りしたりしてトラブルにもなります。同じおもちゃの数を増やしたり、手作りおもちゃを作ったりして、トラブルにならないよう、邪魔されずに遊べるよう準備しています。
うさぎ組は、体を使って遊ぶのが大好きな時期です。外では砂場や園庭でボール遊び、滑り台を登ったり下りたり、部屋ではほかの子どもに邪魔されずに、おもちゃで遊べるようになりました。言葉数も増えて、ままごとなどのごっこ遊びも盛んです。
 
桃組は、第一反抗期。自己主張が強く、自分の気に入らないものは攻撃したり、欲しいものを奪ったり、個性を育む時期です。みんな一緒、仲良くは難しいのですが、ままごと、積み木、ペグ差しで模様を作ったりと、集中して遊んでいます。
 赤組は、お手伝い大好き、運動遊び大好きな時期です。鉄棒、ボール、コマ回しも何度も練習しうまくなりました。積み木も、友だちと相談しながら横へ、上へと広さ高さのある積み木遊びができるようになりました。ルールのある遊びも、お互い教えたり、教えてもらったり、助け合いながら遊びが発展しています。
 黄組は、幼児期の中では、まだ未熟ですが完成時期です。人として大事なことやここだけはしっかり持っていてほしいことを、はっきりとさせておくことが必要です。遊びを通じてルールのある遊びやごっこ遊びなど、コミュニケーション力、問題解決能力などが育っています。

この一年間「あそび環境」について職員も研修をしてきました。秋には岩城先生(京都市・木のおもちゃ店店主)に来園していただき、実際保育士も子どもになったつもりで遊びを楽しみ、みんな盛り上がりました。
また、各クラスのあそび環境についても助言をいただき、おもちゃを揃えたり、コーナーの見直しもしました。
保育園は勿論、家庭においても、子ども達が「面白い」、と思える遊びを外でも中でも大人とできるといいですね。子どもが今どんなことに興味を持っているか、どのように伸びようとしているか、大人がしっかりと見て、好きな遊びをたくさんさせてあげたいものです。自分で考えたり、決めたりする力も身についていきます。
 また、このように子ども達が成長できたことも、保護者の皆様のご協力があったからこそです。感謝しております。子育ても楽しいことばかりではありませんが、これからも、保護者の皆様と手を取り合って一緒に子育てしていきましょう。
最後に、保育園のみんなが、朝夕手を合わせ「みほとけさまおはようございます」「みほとけさまさようなら」と感謝の心で唱えている、この心を大切にした『まことの保育』に精進したいものです。
 
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